安達千夏/モルヒネ (祥伝社文庫)

モルヒネ (祥伝社文庫)

モルヒネ (祥伝社文庫)

平成18年7月30日初版第1刷、平成19年2月5日第9刷
話:★★★☆☆
 帯に「歯を食いしばって読んだ。涙が止まらなかった。(読者からのメールより)」とあるが、私は定期的に涙が出るという帯文句の本を探して読むようにしている。それほど悲しい話が好きなわけではないが、何か読んだ後に自分の心が少しだけ強くなった気がするのが好きだからだ。普段すまし顔で冷静が売りの私だが、異国の地で祖母が苦しんで亡くなったことを聞いたとき、ひとりきりで号泣した。激しい感情などと無縁だと思っていたが私も平凡な人だったのかと気づいた。それ以来、悲しい本を読むようになった。
 この本は、ピアニストで元恋人の男(ヒデ)が、ある日突然、婚約者のいる主人公の真紀の前に現れる。幼い頃父の暴力で命を落とした姉の思い出から心に傷を負い死ぬために医者になった彼女だが、その男にだけは理解してもらっているという想いがあり、急速に昔の関係を戻していく。しかし、すぐにヒデが帰国した理由が癌に侵され死を目の前にしていることにあることを知る。彼は尊厳死を望み延命治療のすべてを放棄する。そんな彼を見ながら真紀は生と死を考え、悩み続ける。彼とともにしたオランダの地でピアニストとしての寿命が先に断たれた彼の気持ちを知る。そうして、そのまま彼は失踪し、真紀は日常に戻る。
 書いてしまえばこんな内容だったし、少なくとも私には泣くシーンは一箇所もなかった。私自身に原因があるので敢えて書かないが、なんともいえない寂しさを感じる小説だった。全編通して動揺することが少なく、物静かな真紀の行動と気持ちの流れがその雰囲気を更に強くしたように思う。愛情はあるがもう愛してはいないという真紀の言葉も印象に残った。名作ではなかったが、心に残るものがある作品であった。