瑞智士記(みずち・しき):著者、むらたいち:イラスト/フォルマント・ブルー リミックス

総評:★★★★

 いろんな意味でおもしろかった。この作品は2005年1月に初刊が出た復刊です。理由は明らかにされていませんがやっぱりVOCALOID人気の影響でしょうかね。MEIKOの発売後ですが初音ミクでブレイクする前に、歌詞入力式人型シンセサイザーで物語を書き上げていたのは興味深い。もちろんお話はVOCALOIDとは全く関係ありませんし、独自の世界観があったと思います。
 十七歳が終わる瞬間、ぴったり18年で命がつきてしまうという謎の奇病“死の六連符*1”に侵され、残り5ヶ月を過ごす楷名春希(かいなはるき)。彼が住むのは、音楽芸術振興のために作られた巨大な海上都市「アド・リビトゥム」。生半可な肩書きでは住むことが許されない都市に来られたのはおそらく祖父の力と弟子入りを許された庭瀬敏之氏のおかげ。庭瀬氏は電子楽器製造メーカー オルゲンプンクト社の研究開発者以外に音楽家と教育者の3つの貌を併せ持つ有名教授。そんな庭瀬教授がある日事故で死去。葬儀の日、その場に彼の屋敷で目にしていた娘さんが姿を見せてないことが気になり探しに出た春希は伽音(かのん)と出逢う。それまで一度も話したことなかった彼女が歌うように云った「・・・わたしは、お父さんが開発した、最後の歌詞入力型シンセサイザーです」とはいったい…。
 導入はこんな感じで始まるのですがテンション抑え気味の落ち着いた雰囲気の中で、シンセサイザーによる奇跡の声を得ようとする狂気が物語を要所要所でドラマティックに演出していきます。庭瀬氏は人の脳でMIDI信号*2を受け取るシステムの開発の中心人物であり、伽音はその第三世代であったことが明かされていきます。ソフトウェアシンセではなく敢えてハードウェア音源にこだわり、人体実験で始まった第一世代のDIVAプロジェクト。戦災孤児を素材に第二世代で作られた聖歌隊は人体そのものを部品に使ったもはや悪魔の楽器…。そんな隠されていた狂気の産物を次々と手に入れ自分の理想の演奏を実現しようとする音楽プロデューサー吾郷久樹(あごうひさき)の狂行。伽音を手に入れようと吾郷が侵した罪。一方で進行する春希の病気。ストーリーの方向にぶれがない点で楽しめましたと思います。
 細かい好みを言わせてもらうなら、人物像というか行動の描写、それに散りばめた世界観を使い切ってない不足感など残念に感じるところはありました。が、細部をつつくようなことは興ざめでしかないのでやめておきます。

*1:この病気にかかると魔方陣のような奇怪な図形が肌に刻まれるらしい

*2:実際本文でMIDIと何度も出てくるのですが近未来の話の中でやや古くさい印象を与えます。まあ最新の聞き慣れない規格名を聞いても反応できませんけど